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岡山地方裁判所 昭和45年(わ)274号 判決

主文

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納しないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、男娼であるが、昭和四五年二月二二日午前二時ころ、女装して、岡山市駅前町一丁目五の一四喫茶店「エリーゼ」前路上において、売春の目的をもつて、同所を通行中の佐藤敏一の身辺につきまとい、同人に対し「面白い遊びをしよう、二〇〇〇円から三〇〇〇円位なら遊ぶよ」等と申し向け、同人を性交類似行為の相手方となるように勧誘したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

判示所為につき

岡山市売春等取締条例三条、罰金等臨時措置法二条(所定刑中罰金選択)

罰金不完納のときの労役場留置につき

刑法一八条

訴訟費用負担につき

刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

その一、岡山市売春等取締条例三条は売春防止法附則四項の規定により失効しており、処罰の根拠とはなりえないとの主張について

岡山市売春取締条例(以下単に市条例という)は昭和二八年八月四日公布の日から施行せられているところ、その後売春防止法(以下単に法という)が制定され、同法附則四項に、地方公共団体の条例の規定で売春又は売春の相手方となる行為その他売春に関する行為を処罰する旨を定めているものは昭和三三年四月一日同法の全面施行と同時に効力を失う旨規定せられているので、市条例三条が法の施行によつて効力を失つているかが一応問題となる。そこで検討するに、法附則四項により効力を失うのは売春又は売春の相手方となる行為その他売春に関する行為を処罰する旨を定めているものに限られ、しかも法にいう売春とは対償を受け、又は受ける約束で不特定の相手方と性交することをいう(法二条)であつて、性交類似行為は含まれないから、市条例の規定中、法にいう売春に関する規定は法の右施行と同時に効力を失うこととなるが、性交類似行為に関する処罰規定は効力を失うものではない。また法附則四項の「その他売春に関する行為」とは法二条にいう売春を助長する行為(周旋、売春をさせる契約、売春を行う場所の提供、売春の対償の収受、前貸、資金提供等)をいうものと解すべきであるから、性交類似行為はこれにあたらない。市条例で売春とは報酬を受け又は受ける約束で不特定の相手方と性交又は性交の類似行為をすることをいう(同条例二条)のであるから、市条例三条の「売春の目的をもつて相手方を誘つた者」には、性交をする目的で誘う場合と性交類似行為をすることを目的として誘う場合があるわけであり、前者の場合には法にいう売春にあたるからこれに関する範囲では市条例三条は法附則四項によつて効力を失つているから、市条例三条による処罰はできないところであり、法五条によることとなるが、後者の場合は法にいう売春には含まれないから、後者の場合の処罰規定としての範囲内では条例三条は有効に存続しているから、性交類似行為の相手方勧誘行為は市条例三条により処罰することができると解せざるを得ない。

その二、「売春」という犯罪行為の定型は法二条で「性交」を意味することに確定されているのであるから、市条例で「売春」の概念に性交類似行為を含ましめることは憲法三一条、九四条に違反するとの主張について。

法で「売春」とは不特定の相手方と性交することをいい、市条例で「売春」とは不特定の相手方と性交又は性交類似行為をすることをいうのであるから、同じ「売春」という用語が意義を異にして法令の条文に使用されているのは好ましいことではないが、条例も地方自治法一四条により罰則を設けることができるし、市条例三条は二条の定義規定を併せればその犯罪構成要件は同条例自体で明らかにされているところで、性交類似行為の処罰は同条例自体が売春の一態様として規定しているものであつて、法にいう売春の概念を拡張するものでもなく、罪刑法定主義に反するものでもないし、憲法三一条に違反するとはいえない。

また市条例の性交類似行為の処罰規定が憲法九四条に違反するとはいえない。何となれば、市条例は道路その他公の場所における売春等に関する諸行為を取締り、健全な社会秩序の維持をはかることを目的として制定されたもの(同条例一条)であるのに、法は売春を助長する行為等を処罰するとともに売春をするおそれのある女子に対する保護更生の措置を講じその防止を図るために制定されたもので、その制定目的の相異から、性交類似行為は必しも多くはなく、従つてその実害も大きくないと思われるところから法とは別個の一般風俗の取締りという観点から考えるべき事項として法から除外されているのである。従つて市条例の性交類似行為に関する行為を売春として処罰する規定は、法施行後も有効に存続しても、法に牴触するところはなく、又憲法九四条に反するものでもない。

その三、市条例にいう性交類似行為には同性間の性交類似行為は含まず、異性間の性交類似行為のみを対象としていると解すべきであるとの主張について。

市条例ではその二条において、売春とは報酬を受け又は受ける約束で不特定の相手方と性交又は性交の類似行為をすることをいうと規定せられており、同条はもとよりのこと同条例中売春の主体を婦女に限定する旨の規定は見当らないのみならず、性交を内容とする売春と性交の類似行為を内容とする売春の二類型が規定せられていること、そして性交は男女性器の交合をいうのであるから男女いずれが主体として行うとしても異性間に限られることからすれば、市条例にいう性交類似行為とは同性間において行われる性交類似の行為をいうものと解するのが相当である。そしてそれは本件被告人の判示所為のように男性が男性を相手方として行われるのが通常ではあろうが、必しもそれに限定されず、女性相互間においても特殊の器具や技巧を用いて行われ、それが対償を受け又は受ける約束で行われる限り、市条例二条にいう性交類似行為を内容とする売春にあたることとなる。弁護人は、本条の性交類似行為とは男性が女性を性交は目的としないが性的興奮の対象器具として利用する行為をいう、というけれども当裁判所はその見解には左袒しがたい。

以上いずれも弁護人の論旨は採用しがたく、被告人の判示所為が有罪であることは免れない。

(量刑の事情)

被告人には同種の犯行により処罰を受けた前科もあるけれども、本件につき懲役刑で処断すると現在窃盗罪により執行猶予中の懲役八月の執行猶予も取消され服役を余儀なくされること、売春防止法五条で処罰される場合の執行猶予の特例との均衡をも考慮し、また本件犯行が一回だけであり、さまで悪質でないことを綜合すると、被告人に懲役刑を科するのはいささか酷といわなければならない。そこで所定刑の中罰金刑を選択して処断することにした。

よつて主文のとおり判決する。(西尾政義)

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